2018年4月24日火曜日

この春で大学に入学してちょうど2年になる。かなりベタな話だが、先日合格発表で喜ぶ新入生をみて、なんだがうれしい気持ちになるとともに、もう2年も経ってしまったのか、という想いを抱いた。

2年前、大学合格が決まった10分後には尾上さんに合格の一報が高校の先生経由で伝わり、尾上さんからのメールが来て、すぐにア式への入部の意思を伝えた。

ア式への入部は決めていたが、合格直後はスタッフとしてやるか、選手としてやるか迷っていた。高校ではポジションを後輩に奪われ、大会では控えのキーパーとして準備すると同時にスカウティングなどのピッチ外の活動に奔走した。スカウティングがはまって大会で勝つことができたときはめちゃめちゃ嬉しかったこともあり、大学でもそういった活動に打ち込むのもありだと思っていた。

しかし、結局はひとまず選手としてやれるとこまでやって、ダメだったらスタッフになろうという気持ちで選手としてこの部活に入った。

野口さんの指導の下、新屋、満永、道顕、島田、つるちゃん(熊谷)の5人でキーパーとして競いながら、1年の秋ごろまでは、怪我人が多かったこともあり、Iリーグの出場、東京都トーナメントでベンチ入りすることなどができた。

しかし、新人戦のメンバーに入ることはできず、その後尾上さんが怪我をしたこともあり、トップチームの練習試合でのチャンスを貰ったものの、主力がLB-BRBに移籍していてチームとしても結果がなかなか出なかった中で、自分には何も出来なかった。完全な実力不足に加えて、試合のチャンスを純粋にポジティブに捉えることができず、色々な局面で勇気を持ってチャレンジすることが出来なかった。

自分なりにそういった問題も少しずつ克服していったものの、最初の春を迎える頃には完全にポジションを満永と島田に奪われてしまった。

もう失うものはなにもないと思って2年目に挑んだ。とにかく、ポジティブに、あらゆることにチャレンジしてやっていこうと決め、自分なりに失敗と成功を繰り返していった。しかし、結局秋頃には洋平にもポジションを奪われ、怪我人が出てキーパーが自分を入れて二人しかできない状況の中チャンスをもらえるかと思った新チームの始動時にもAチームに入ることは出来なかった。そして新人戦のメンバーに入ることも出来なかった。新人戦に絡むことが出来なかったのは自分と怪我しがちな大池だけ。とにかく結果を出せない。

そういったタイミングでスタッフへの転身や退部を考えることはあった。しかし、不思議なもので、大学に入ったときとは違いやはり選手としてもっともっとやりたい、できるはずだ、という想いが考えれば考えるほど強くなっていった。

なんだが、ここまで愚痴のような不愉快なフィーリングスになってしまったかもしれないが、そんなつもりはなかった。

とにかく自分は後がない。いつ終わりの時が来てもおかしくない。ただ一方で失うものもない。だから今の自分は、いつ終わりの時が来てもいいようにとにかく、毎日、毎日全力でサッカーに向き合うしかないと思ってやっている。その原動力は意地だ。

大学受験も、ア式でサッカーをすることを目指したのも、振り返ってみると、親や同級生、顧問への意地を見せようとしていたのが、一番の原動力だったかもしれない。

この意地をなんとか見せて大学でのサッカー人生で一花咲かせたい
絶対もっと上手くなって試合に出てやる。

新屋

2018年4月20日金曜日

勝利

時期的にちょうどいいので、このfeelingsで今年の目標を書いておきます。

それは、みんなとサッカーを最高に楽しむこと。

大学生になってもまだ続けている、大好きなサッカーをみんなと楽しみきれないのは非常にもったいないという至極当然な話。


楽しむといえば、この前の遠征はとても楽しかった。また多くの人がこう感じたと思う。

その要因を考えると、単純に多くの「勝利」を経験できたということが大きいだろう。

残念ながら産能と明学には負けてしまったが、大会を3位で終えることができたことは、この楽しむということに大いに貢献してくれた。

また、ここでの「勝利」はゲームスコア上に限った話ではない。

試合中の相手選手との1対1での勝利というわかりやすいものから、辛い時にスプリントできるか、適切なポジショニングができるか、ロングパスを一本正確に通せるかなどなど、所謂自分との戦いでの勝利まで、多くの小さな勝利が僕たちに楽しみを与えてくれた。

でも、まあやっぱりスコア上でしっかりと勝ちきるという大きな勝利の影響が一番大きかっただろう。


思えば、ア式に入ってから、公式戦で大きな勝利をどんどん積み重ねていく楽しみは経験したことがない気がする。一昨年、去年のリーグ戦では苦戦を強いられたし、東京都トーナメントも苦い記憶しかない。

僕たちがまだ知らない楽しみがあるということだ。

これを経験できないのは非常に勿体無い。

1人1人が小さな勝利を積み重ね、その楽しみを糧に殻を破り、チームとして大きな勝利をつかむ。

さらにそれを積み重ね、リーグ優勝という勝利をつかんだ時、どんな楽しみを得られるのだろうか。


さあ、改めてア式のみんなへ。

最高に楽しんでいきましょう。



白藤 優

2018年4月2日月曜日

変わる

横浜Fマリノスは今年、ポステコグルー新監督を元にハイライン志向のサッカーを行なっている。その中でGK飯倉大樹選手は攻撃時はペナルティーエリアの外でビルドアップに参加し、守備時も高いポジションを維持して裏へのボールに積極的な飛び出しを見せている。J14節の浦和戦では青木のロングシュートを受けて、枠からは外れたが少しヒヤリとする場面があった。これに対して、飯倉選手はこうコメントを残している。

実際には後ろでゴールを守るスタンスがほとんどだし、それがオーソドックスなのかもしれないけど、自分の中ではオーソドックスをやる必要はない。こういう守り方ができるなら、俺はこっちのほうがいい。わざわざ自陣のゴールに寄ってきてファインセーブをするより、高い位置でボールを取れたほうがカウンターのチャンスになる。そういう意味では俺に適したスタイルだと思う。

31歳、プロ14年目にして新しいことにチャレンジしようとしている。変わろうとしているのである。


変わるというのは非常に難しい。変わった先が正解か分からないのであれば尚更である。だから、現状に満足している場合は普通変わろうとしない。ただ、変わろうとしないと成長することはない。


今年の初めくらいに先輩とご飯を食べに行った。ファッションに詳しい先輩なのだが、髪から服から靴の先までダメ出しされた。自分のキャラ的にこのままでも問題はないと思ったが、一生このまま変わらないのもつまらないとも思い、即実行に移すことにした。

翌日、髪をいままでとは全く異なる感じに変えて、さらにその2後、服を上着から靴まで大量買いした。それから自信満々に部活へ向かったのだが、なかなかに爆笑された。服は多少マシになったようだが、髪の方はセットが下手なのも相まっておかしくなってしまっていたらしい。

それでも自分自身はあまり気にしていなかった。また別の髪型に挑戦すればいいと思ったからである。

くだらない話だが、私は変わってみたいのである。


サッカーのプレイヤーとして、ア式の中の人間として、それ以外のことにおいても変わってみたい。成長するには変わってみるしかない。上手くいくか分からないし、失敗することも多いと思うが、それにビビってちゃ仕方ない。

3 島田

2018年3月28日水曜日

断捨離宣言

「同期の女子もいない。毎日部活に追われている。そんな中で何で部活を続けてきたの?」

スキルが身につくから?大人と関わる経験ができるから?選手に感謝されるから?いや、そんなんじゃない。

「まあ、勝ちたいからかなぁ」

心の底から思う、「部活を続ける理由」なんて、これ以外には存在しない。
でも、「勝ちたい」という気持ちと、自分が今やっている仕事が、純粋に結びつかないことも多々ある。

スタッフの仕事はすべて勝利に結びついている、と人は言うけれど、正直ピッチに近い仕事以外は、勝利に貢献しているという実感は湧きにくい。

例え勝利への結びつきが弱くても、部の仕事は誰かがやらなければならないもの。
でも、これは誰か特定の人がやるべきではない。
「出来る人がやる」ということを続けているのは、部にとって大きな損失である。これでは、「出来る人」はいつまでも「出来ること」しか出来ないし、「出来ない人」はいつまでも出来ないままである。

おそらく、「出来る人」に仕事が偏りがちなこの部が、スタッフの多い新4年生が引退したあとに直面する課題でもあると思うが、仕事をしない人を責めているわけでは決してない。
むしろ逆。これは、私自身の反省と、自戒を込めたfeelingsである。


昨年の後期リーグの終わり頃、私はよく泣きながら帰っていた。
電灯の少ない本郷キャンパスは、部活が終わる21:00過ぎにはもう真っ暗で、人通りも少ない。部室を出てから、飲食店が立ち並ぶ明るい本郷通りに出るまでの約10分間は、誰にも心配されずにストレスを発散できる唯一の時間だった。

恥ずかしい話だが、「やりたいことは全部やりたい」という強欲さと、「自分が頑張ればなんとかなる」という過信によって、あれやこれやと手を出したうえ、「やるからにはちゃんとやり通したい」というせめてもの責任感が、いわゆるキャパオーバーという状態を作り出してしまっていたのだろう。

本当はこんなことは胸の内に閉まって、サラッと仕事をこなしたほうがカッコイイと思うのだけれど、自分の弱さを隠したまま偉そうなことを言うのもどうかと思い、この機会に書いている次第である。

当時を振り返ると、自分の視野の狭さにうんざりしてしまう。目の前の試合や仕事、人間関係に精一杯で、せっかくア式の門戸を叩いてくれた後輩たちや、必死に闘っている同期や先輩方のことを、本当の意味では信頼できていなかった。
自分が信頼することが、相手からの信頼を得る近道なのに。
その信頼が、自分自身を救うことにも繋がっていたのに。

相手を信頼し、自分が本当に為すべきことを為すこと。
チームとして初歩中の初歩とも言えるこのことに気づいたのは、つい最近のことだった。


幸いにも、私にはあと1シーズン残されているので、以上の反省を踏まえて、残りのア式生活で私が成し遂げたいことを2つ書いておこうと思う

①様々なことにおいて、組織の基準を高める存在になること。

人間は良くも悪くも適応する生き物なので、求められる基準が高いか低いかで、出来ることが変わってしまいがちである。
目の前の仕事に追われていたり、視野が狭くなっている状態では、現状の基準に甘んじ、その基準すら保てないこともしばしばある。
そのため、組織の中には、日々の雑務をこなすだけでなく、周囲に気を配り、自分のことでいっぱいいっぱいで基準を見失ってしまいがちなチームメイトに適切な基準を設定し、それを示すことのできる人材がいることが望ましい。
おそらく本来、この部における「GM」という役職はこのような役割を担うべき存在であるはずなのだが、日々のしなければならないことに忙殺されていてはこのように広い視点をもつことは時に難しくなってしまう。

今後は、部員を信頼し、頼ったほうがいい時には周りの部員に助けてもらいながら、スタッフとして、ア式部員として、GMとして、はたまた1人の人間として、組織の基準を高める存在になることで、チームにいい影響を与える。これが、私が成し遂げたいことの1つ目である。

②ア式に所属する皆が、目的を持って存在できる環境を作ること。

ア式には大きな可能性がある。しかし、その可能性を開花させ、「大きな成功」を収めることができるかどうかは、「失敗する自由」があるかどうかなのだと思う。
「自分が頑張ればなんとかなる」と信じ込み、自分1人が頑張ったところで、それは「小さな成功」にしか繋がらない。そうではなくて、周りの仲間を信頼し、部員一人一人が「失敗する自由」を持って積極的に仕事に取り組む。
そのいくつかはもしかしたら失敗してしまうかもしれないが、そんなことの責任は私たちが取ればいい。失敗を恐れずに積極的に取り組んだ活動がいくつも合わされば、きっといつかそれは「大きな成功」となってこの部に返ってくるはずだ。

皆が目的を持ってア式で過ごし、やりたいことを存分に出来る、そんな環境を作ること。これが、成し遂げたいことの2つ目である。


先輩方のおこぼれのような昇格を経験してから2年間、正直悔しい思いしかしてないし、上手くいかないことの方が多かったけれど、集大成となるこのシーズンは、絶対に笑って終わりたい。

何となく部活に来て、サッカーをしたり部の仕事をして過ごすこともきっとできてしまう
でも、ア式蹴球部という大きな船に乗った私たちは、お互いの人生に対して少なからず責任を負っている。
風向きが変わるのを待っていても、帆を動かしてくれる人がいる限り船は進んでいくだろう。しかし、高い基準のなかで、目的を持って自ら帆を動かせる人が増えていけば、この部はスピード感を持って進む、もっと強くて、いいチームになる。

リーグ開幕まで、時間があるようであっという間。
同じ方向を向いて、焦らず着実に、本当に為すべきことを見失わないこと。



新4年スタッフ 小坂彩

2018年3月24日土曜日

練習中止のホンネ

みなさんは、「練習中止」の連絡が来た時、真っ先にどんな感情になりますか。

「残念、サッカーしたかった」
「練習楽しみにしてたのに」
「試合に向けて調整する時間が減ってしまった」

これが模範回答でしょうか。
私はそんな気持ちになったことはこれまでで一度もありません。

「やった、今日はきつい練習に行かなくて済む、台風ありがとう!!」
「この時間に他のやりたいことができる、」

そんなことをいつも思っていました。
(主将をやっていた時は、自分が練習中止を判断する立場なので、冷静な判断ができるよういつも自分と戦っていました笑)
そんな風に思っていたから、ナショナルトレセンに選ばれるような中学時代のチームメイトと比べて上手くなれなかったのかもしれません。

大学受験のためにいったんサッカーを離れた時も思いました。
「もうこれで辛いラントレしなくていいんだ…」「大学に入ったらもうサッカーやらないだろうなぁ」

そして引退を迎えた今も、こう思ってしまっている自分がいます。
「もう授業の後わざわざ着替えてグラウンド行かなくていいのか…
「もう部のことを考えて気を揉まなくてもいいんだ」

こんなことを思っている人間が、サッカーが好きだと言い、サッカー部に新入生を勧誘していることに後ろめたさを感じていました。
一生懸命に取り組めば取り組むほど、サッカーを純粋に好きだという気持ちが自分にあるのかどうか、疑問を持つことも多かったです。

だから、文京LBレディース(女子部現役・OGと地域の人が一緒にサッカーしているクラブです)の人たちと出会った時は衝撃でした。彼女たちは練習がなくなることを本気で「残念だ」と思っているし、お仕事が終わって疲れてそれでもサッカーがしたいからグラウンドに来るのです。そんな人たちの中で、なんとなく経験もあるから試合に出ている自分が申し訳なくなりました。

「サッカーがしたくてしたくて仕方ない」
私もそんな風に思える日が来るでしょうか。

ただそんな風に思いつつも、
大学入学後は結局ア式女子に入ってしまいましたし、
引退後は文京LBレディースでサッカーを続けることになりそうです。
少なくともサッカーが嫌いではないんだろうなと思います。

サッカーがしたくてたまらない"境地"に達するか、
サッカーへの思いがなくなって決別するか
まだ分かりませんが、とりあえずは続けてみようかな…

最後のフィーリングス、加えて新歓期ということでサッカー愛に溢れた文章を書こうかとも思ったのですが、せっかくなので4年間、むしろサッカーを始めて16年間、周りには言わなかった本音を書いてみました。
拙い文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございます!

ア式女子の後輩達へ
サッカーとの付き合い方、部活との向き合い方に迷った時、
(自分で言うのもなんですが)楽観的で悩みなんてなさそうな先輩も、以外とこんな風に思ってたんだなということを思い出して、
いつでも話に来てください!大歓迎です!


ここに今の気持ちを書いてしまって、卒部式で話すことがなくなりそうで焦っています。
女子部卒部生 大坪佳夏子

2018年3月21日水曜日

きっかけ

どうしてこのタイミングで自分の番が回ってきたのだろう、と少し残念に思ったりしました。違う時期だったらもっとカッコつけた、示唆のあるfeelingsが書けただろうにと。
だけど、感じたことをとりとめもなく書いて許してもらえる(と思う)のがfeelingsなので
今の気持ちに正直に書いてみようと思います。

さて。

まず、なぜ書くのにあまり乗り気でないかというと、ここ最近ア式から距離を置いて過ごしていたからです。
部活に行くモチベーションが下がってしまった私は先輩に相談して数日間のお休みをもらいました。

ここ2週間で、
サークルに参加したり
ずっと行きたかったサッカーを見に行ったり
一人旅に出たり
他部に取材に行ったり
帰省したり
1泊4日とかいう無茶を経験したり
実はその間にも部活のシフトねじ込んだり
なんなら部活行かなくても仕事が降ってきたり

先輩はゆっくり休んでと言ってくださったのですが、思いがけずバタバタとした日々を過ごしていました。

そもそも、代わり映えのしない毎日に飽き飽きしていたのは確かだし、部活動を自分で充実させられていないことに苛立ちを覚えていたのも事実だろうと思うのですが、
別に部活を辞めてしまいたいと思ったわけではありません。
そうではなくて、逆に、もっと部活を頑張りたいから気力を取り戻したかったのかな、というのが振り返ってみて思うことです。


さて、この期間に気づいたことがいくつかありました。

ひとつめは、私がお休みしてたから気を遣ってくれているのか、私に周りを見る余裕ができたのか、定かではありませんが
色んな人が私を見ているんだということに気づきました。

「さてはワーカホリックの気があるな?」
「頑張ったら頑張ったって言っていいよ、ほめてあげるから。」
「さすがです!ありがとうね」
「仕事抱えすぎてない?大丈夫?」
「ゆかちゃん元気なくない?」
「お疲れさま。」

気を遣わせてしまって申し訳ないな、部活の雰囲気に悪影響を及ぼしているのかもしれない、と反省はしました。
だけど、正直とっても嬉しかった。
自分の存在価値は自分で探っていくものと思っていたけど、今もそう思うけど、他の人に見ていてもらえるのは嬉しいことなんだなって気づきました。
とはいえ過程を肯定してもらえると愈々結果のクオリティは自分で責任を持つほかなくなるので、気を引き締めるきっかけともなりました。


この「部」のことを真剣に考えている自分にも気づきました。

一度始めたことを途中でやめるという発想のない私は、ア式に入った時から4年間で何をするかを考えていました。「幹部代になってからやりたいことを始めても卒業するまでに終わらない」と察したから、いつも近くにいた最上級生の先輩方に早く追いつきたい、同レベルのリソースを早く手に入れて自分の4年間を懸けてやりたいことを見つけたいという焦燥感を常に抱いていました。何に追われてそんなに焦っていたのでしょうか。

ここで唐突なのですが、ア式の究極目標はざっくり言うと『日本一』で、4つの軸の中に「人材」というのがあります。(詳しくはHP)
これは、部員がア式で過ごす中でどのように成長し社会へ出ていくのか、ということだろうと思います。
上級生が下級生に「そういう時期もあるよ」「悩みながら色々経験するといいよ」とアドバイスしてあげるのはこの観点でしょう。ちょっと嫌な言い方をすれば、自分の成長にア式をどう有効利用するか、という問題です。

ですが、逆の観点として部としてクラブとしてどうありたいのかという問題も存在します。そしてそのために自分がどうアプローチするのか、です。
優れた「人材」が育つ環境を整えること。毎年入れ替わる部員が過去の先輩と同じスピードで成長し同じレベルに達したところで卒業していくのではなく、クラブとして持続的に成長していけるビジョンを持つこと。
これを考えるのは、自身も「人材」となるべき存在である一部員にはかなり難しいことでしょう。学生主体の団体の宿命とも言えます。
だけど、私は考えてみたいな、と思ったのです。おこがましいようですが、こんな風に思っている自分に気づいたからには自分で踏み出してみたいと思っています。どうなることやら。



なんかもう思いつかないし提出〆切近いし、この辺で終わります。
エネルギーをしっかりチャージして部活に復帰しましたので、今まで以上に貪欲に成長していく所存です。これからもよろしくお願いします。
まずは新歓がんばろう。新入生いっぱい来てくれるといいな。

最後に、最近頭の中をエンドレスループしてるこれを書いておきます。



決心のきっかけは理屈ではなくて
いつだってこの胸の衝動から始まる
流されてしまうこと抵抗しながら
生きるとは選択肢たったひとつを選ぶこと

後悔はしたくない
思ったそのまま
正解はわからない
たった一度の人生だ





乃木坂より欅坂
新2年STAFF  佐原ゆか

2018年3月20日火曜日

3月7日 水曜日

明日は待ちに待った成績発表の日。登録ミスで前期教養課程中に2度も留年した私は、今年進級出来ないと放校になってしまう。放校というのは、退学とは違って、大学から、もう来ないでくださいと言われるってこと。どうやら、入学出来たことさえ取り消されるらしい…。ショック…。

でも今はなぜだかワクワクしている。先輩や同期や後輩に、進級したってどうやって報告しようかな、喜んでくれそうだよなと考えながら。

ふと、『人生、良いことと悪いことは同じ数だけあって、プラマイ0だ』という言葉を思い出して、たしかになぁと思った。自分が留年したと知っときは、2回とも震えが止まらなかった。受け入れられなくて。自分の適当さを後悔して。あの気持ちは絶対マイナス。今思い出してもゾッとする。でも、成績発表が楽しみな今の気持ちはプラスな気がする。しかも留年しないと味わえてなさそうなワクワク感。確かにプラマイ0だなぁって思う。

私にとってア式も多分プラマイ0だった。生活態度がテキトーな私に先輩は厳しくて怖かった。でも後輩は、なめてる気もするけど優しかった。トラップもパスも思うように出来なくて、練習のレベルを下げてしまっている気がして辛かった。でも先輩や同期は優しく丁寧に分かるまで教えてくれた。2016年 埼大戦、途中まで3-1だったのに、逆転されて、悔しくて、初めて試合後に泣いた。2017年 埼大戦、ミラノが公式戦初ゴールを2点決めて、自分のことのように嬉しくて、試合後に飲みに行った。

ほんとに、悪いことと同じ数だけ良いことがあった。

私はア式女子と文京LB Sproutsの初公式戦で初ゴールを決めることができた。だからなのか、1年生のその初ゴール以降、関カレでは1点も決めれないまま、ついに卒部することになってしまった…。これは順番逆が良かったな、切実に。笑

ここにはあげきれないほど、日常的な些細なことで、たくさん悩んだし、
ちょっとしたことが、すごく嬉しかった。

ア式に入らなくても、プラマイの総和は変わらなかったのかもしれないけど、
ア式に入ったから、良いことも悪いこともさほど起きない平凡な大学生活が、山あり谷ありの刺激的な生活になったと思う。

4年前の春、テント列で、ア式女子に出会えてよかった。

4年間、ア式女子として過ごせて、本当に良かった。



サッカー始めて47ヶ月
4年   田中 周



P.S.
この4年間は、それはそれは得がたい貴重な経験でした。私の4年間を形作ってくれた皆さん(関わってくださった全ての方々)、本当にありがとうございました。